『オレンジタウン』残響のひかり。01
こちらはpixiv小説に投稿した作品になります
それは、夏が終わったというのに、日差しが眩しい夕暮れ時の事だった。
真正面から西日を受けて、目を細めながら車を運転して帰る途中。
河川敷に咲くすすきの間から、小学校の運動場が見えると、ジャングルジムが目に入ってきた。
その時、オレンジ色の光に覆われた鉄の塊は、僕の脳裏に焼き付いて離れない光景を蘇らせる。
思い出す事を拒否しても、勝手に記憶は紐解かれ、僕の心をあの場所に戻そうとする。
振り払おうとしたが、眩しさに目を奪われ、向こうの信号が赤に変わってハッとした。
- - -
僕の記憶の中でのあの子は、いつも周りに笑顔を向けていた。
耳の下で結んだ三つ編みは、走るたびに揺れて縄跳びの様。それを見た僕はゲラゲラと笑う。
「ヒロムくん、笑わないでよ!!」
そう言って叱られるけど、笑わずにはいられなくて.....。
共働きの親の帰りを待つ間、同じ団地に住む僕たち二人は、学校の校庭に行くとよくジャングルジムに登って遊んだ。
あの頃は何も考えず、親のいない寂しさを埋めるように遊んでいただけだった。
差し伸べられる手に、邪な感情があるだなんて知る由もなくて。
ただ、その手を取らなかった僕は、こうして生き延びている。
あの子は、その手の先に何を見たのだろうか。いとも簡単に手を引かれて、オレンジ色の光の中へと消えてしまった。
運動場に黒い影を落とすと、僕はただ大きな影と小さな影が見えなくなるのを眺めていただけ。
あれから一度もあの子の姿を見てはいない。
あの日の事は、一生忘れないだろう。
この命が尽きるまで、僕の脳裏にこびりつき、錆となって心と体を犯し続けられるとしても。
それ程の過ちを僕は犯してしまったのだから.......。
- - -
「大丈夫ですか?!」
そんな声が聞こえてくると、僕はゆっくり目を開ける。
声のする方に顔をあげてみると、車の窓越しに何人かの人がこちらを心配そうにのぞき込んでいて、急に冷汗が出てきた。
慌てて窓を開けると「だ、いじょうぶ、です。すみません。」と声を出す。
「ちょっと車、端に寄せてもらっていいですか?」
誰かにそう言われ、「はい。」と答えるとエンジンをかけた。
バックミラーを覗けば、僕の後ろには何台もの車が繋がっていたようで、ものすごく迷惑をかけてしまったと思って焦る。ひょっとして、誰かの車にぶつかったんじゃないんだろうかと不安になった。
路肩に停めて、エンジンを止め一旦外に出ると、車の周りを確認する。
すると、さっきの人だかりの中のひとりが、僕の側へと歩み寄ってきた。
「あの.....、何処かに追突したんでしょうか。すみません感覚が無くて、当たったのも分からないんですけど。」
もしかすると、この人の車と当たってしまったのでは.....。
心配になった僕は、先に謝ってしまった。
「・・・・あ、・・・っと、大丈夫でした。っていうか、俺がうまく避けたから。」
そう言うと、少し表情がキツくなる。
「す、すみません。」
僕は、申し訳なくて謝るしかない。
もし事故になっていたら、謝るどころじゃない。今頃はこの人に大怪我を負わせていたかもしれない。
そう思ったら、下を向いてじっと身構えた。どんなに非難されても、自分が悪いんだから。
「はは、そんなに身構えないでください。ちょっと言い方がキツかったか。あなたもちゃんとブレーキ踏んだし、俺の車も俺自身も、何の痛手も負っていませんから。」
「は、い。・・・本当にすみませんでした。」
顔をあげて目の前の人を見ると、多分僕と同じぐらいの背恰好で、20代後半かな、と思った。
紺色のスーツを着ていて、短髪のヘアースタイルはちゃんと整えられている。
見たところどこかの営業マンか何かだろう、物怖じしない言い方が、僕には羨ましくもある。
「一応、連絡先教えてもらってもいいですか?後で何かあると嫌だし・・・。」
そういって、携帯を取り出すとメモを始めた。
「あ、はい。・・・僕の名前は津田大夢。ヒロムは、大きい夢と書きます。会社は、・・」
そこまで言うと、「会社はいい。電話番号だけで・・・。あ、自分の携帯ね、後で確認するから。」と言われ、教えた途端、僕の携帯に確認のコールをされて確かめられた。
「俺の名前は、神谷。神谷孝輔って言います。コウスケ。覚えましたか?」
「え、・・・はい。カミヤ コウスケさん。ちゃんと覚えました。」
だんだん気持ちが落ち込んでくる。
後で何かイチャモン付けられたらどうしようか.....。
目の前でにこやかに笑う神谷さんが、ちょっと恐ろしくもあった。