『オレンジタウン』残響のひかり。05
運ばれてきたのは、二人分の鴨南蛮そばで。
ここは、ちゃんと鴨の肉が入っている。
たまに行く店は、鶏肉を使用しているのに〔鴨南蛮そば〕と書かれていて、常々おかしいと思っていた。
僕がそんな事を思い出している間に、神谷さんはさっさと食べ始めていて、こちらを見向きもしない。
なんて言うか、凄く自分勝手というか、人の事は気にしないっていうのか・・・・。
どんぶりに顔を近づけて、一口目をすすった。
勢いよく、ずずっと吸い込むように入れたそばを堪能すると、思わずごくりと喉が鳴る。
「ウマイ。」
声に出した僕に、神谷さんはすかさず「でしょ?!」と確認するように言った。
「はい、ここの蕎麦は本当にウマイですね。初めて来た店ですが、今度また来たいですよ。同僚にも紹介しておきます。」
いつになく、自分でも驚くほど素直に気持ちを言い表せた気がする。
僕がこんなに食べ物を褒めるって事は、今まであまりなかったから。
「津田さんに喜んでもらえて嬉しいです。でも、出来れば俺と津田さんだけの行きつけの店って事にしてほしいな。」
汁をすすった後で、どんぶり越しに僕の顔を見ると言う。が、少し上目使いになった瞳の奥に、言いようのない危機感を感じた。
「・・・あの、・・・さっきの話ですが、」
「ああ、それは食べてからにしましょうよ。早く食べないと、せっかくの蕎麦が伸びちゃうんで。」
「・・・はい。」
神谷さんに言われた通りしっかり食べ終わると、お茶を片手に再度尋ねる。
別に二人で食事を楽しみに来たわけではない。
「痛い所」のことと、僕の会社のある場所を知っていることを聞きたかったんだ。
「前にね、うちの会社に来た事があるんですよ、津田さん。」
そう言われるが、だからと言って顔見知りでもないのにどうして僕の事を覚えていたのかと不思議に思う。
「僕は、ほとんど事務所にいるんですよ。所長と企業に出向くとしたら限られた場所です。しかも、ここ1カ月は訪問していない。」
神谷さんの顔を見ると言ったが、尚もこちらに笑顔を向けられて不思議に思った。
「俺、美容関係の商品を輸入販売している会社に勤めてるんですけど、'シールズ’ってとこです。」
名前を聞いて思い出す。
確か1か月前に行った会社。
フロアごとに部署が分かれていて、迷いそうになった記憶がある。
「確かに行きました。でも神谷さんと会った覚えはありませんが・・・。」
「そりゃそうですよ。俺が見かけたのは、エレベーターの中ですから。」
「え?!・・・見かけた、って・・・・」
驚いた。一度見かけた相手の顔を覚えているなんて・・・・。
「あ、・・・待って待って。今、俺の事ヘンなヤツだと思ったでしょう。」
「・・・・・・」
返事に困っていると、尚も神谷さんが話を続ける。
「営業で、外回りから帰ってきた俺が、エレベーターに乗り込んできた津田さんともう一人の方に、何階ですかって聞いたんですよ。忘れてるだろうけど。」
「ああ、・・・まあ、・・・」
そんな事、普通にどこでもある事だし、忘れるも何も・・・。
「で、俺は津田さんに一目惚れしたんです。」
「・・・・・?」
「俺、ゲイです。・・・ホモって言った方が分かりやすいかな。」
聞いてもいないのに、唐突に自分の事を言ってのけるから呆気にとられた。
「あの、・・・それで、どうして僕の会社が分かったんですか?そこを聞いていない・・・。」
「・・アレ?・・・ホモってところはスルーですか。まあいいや、お二人が総務課のフロアで降りた後、俺もついて行って総務の女子に聞いたんです、労務士さんだって。」
「・・・正確には、僕は労務士事務所の社員で、労務士は所長なんですけど。」
そう言ったが、神谷さんにはどうでもいい事の様だった。
「ちゃんと会社の住所も聞いておいたんだけど、まさかあの日、交差点でぶつかりそうになったのが津田さんだなんて思いもよらなくて、これはきっと運命なんだって思いましたよ。」
一人で熱く語る神谷さんの姿に半ば呆れると、
「そうですか、それで、痛い所っていうのは・・・・」
淡々と聞いてみた。
これ以上神谷さんの話を聞くのが面倒で・・・。
「そう、それです。痛い所・・・・・」
「はい、どこですか?場合によっては、仕事がら病院も紹介できるので。」
仕事関係で付き合いのある病院を紹介して、それで勘弁してもらおうと思った。
なのに、神谷さんの口から出てきた言葉は・・・・。