itti(イッチ)の部屋

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『振り向けば君がいた』

桔梗【ききょう】の咲く家   番外編





 「あ~、なんだか秋って感じだな~・・・」


川沿いの遊歩道を散歩しながら、少しだけ歩幅を狭くして隣の人に合わせると、ミクはゆっくりと景色を楽しみながら進んだ。
風に揺れる木の葉を見ながら、肩を並べるとしっかり腕を組んで歩く。


「寒くはない?昼間は熱かったのに、夕方になったらちょっと冷えるよね。風も急に秋風だし・・・。」


ミクが、伯父の隆哉を気遣いながら散歩するのには訳があった。


15歳の時、二人暮らしをしていた母親は、精神を病んでしまい病院での生活を余儀なくされる。
しかも、たった1年の間に病魔が母親の身体を蝕むと、あっという間にミクは一人取り残されてしまった。


その後は、伯父の隆哉が共に暮らしてくれて、母親から虐待を受けて過ごしたミクにとっては、初めての安心して暮らせる我が家となったのだった。


ミクは本当の名前を〔美久〕ヨシヒサというが、女系の家に生まれ、母親からは女の子の名前を当てられてミクと呼ばれていた。


そんな事も遠い過去の話。
これからは、隆哉と二人で仲良く暮らしていきたいと思った矢先。
伯父の隆哉の身体をも、病魔は蝕んでいく。


ミクに心配をさせまいと、ずっと病気の事を隠していたせいで、ミクが知ったのは隆哉の余命が3か月と宣告されてから。


ミクは泣いた。
母親が亡くなった時は涙が零れなかったのに、隆哉の命がもうすぐ尽きると知らされて、自分の命も終わってしまうような気にさえなった。


「そろそろ冬の布団を出さないと、だね。隆哉さんのは僕が出してあげるからね。」


「ありがとう、ミク。・・・・でも、あの家では冬の布団を使う事はないよ。」


隆哉は、ミクに手を引かれてゆっくりと歩くが、不意に立ち止まると言った。




「どういう事?・・・だってすぐに使う日が来るし、天気のいい日に干しておかないと。」
眉を寄せながらミクが隆哉を見て言った。



「ぼくは、終末医療の病院へ行くことにしたんだ。そこは、明子の家からも近くてね。最後まで穏やかに過ごせると思う。」
そういうと隆哉はミクの手を握った。

骨ばった細い指が、ミクの手を握り締めるけど、握力は3歳の子供の方があるぐらいで、弱々しいものだった。


「ヤだよ。そんなトコ行かないでよ。ずっと僕の傍にいてくれるって言ったじゃないか。僕が隆哉さんの面倒をみる。最後まで絶対みるから・・・・だから、」


「ミクには、これから大人になるための勉強だって就職だって待っているんだ。ぼくの事でミクの将来を潰す訳にはいかない。姉さんにだって顔向けできないよ。」


「隆哉さん・・・・・」


「そろそろ帰ろうか。ちょっと足がしびれてきた。あそこの車椅子を持ってきてくれないか?」
隆哉がミクに頼んだ。
そこからは、もう一歩も進めない程、隆哉の足は力尽きていたんだろう。


車いすに身体を預けると、後ろで押しながら鼻をぐずつかせるミクに
「前に、お母さんを病院へ運んでくれた人たちの事、覚えてるかな。」
少し顔をあげて聞く。


「・・・うん。覚えてるよ。・・・・ちょっと怖かったけど。」


「そうか・・・。怖かったか・・・・。でも、助かったよ。伯父さん一人では、どうにもできなかった。あの人たちがいてくれて、お母さんが病院に入ってくれて治療ができたんだから・・・。」


「うん、そうだね。」
ミクは、記憶をさかのぼってみた。
確か、ものすごく大きなお兄さんがいて、自分の手を握ってくれていた。
すごく心強かった気がする。


「ぼくが病院へ行くときは、またあの人たちにお願いしようと思う。寝たままでも移動ができるそうなんだよ。」


「・・・じゃあ、僕がちゃんと準備をしておくから。しばらく家には帰れないんだよね。
僕も、着替えとかたくさん用意しなくちゃ・・・。」


車いすを押しながらそう言うミクに、隆哉は微笑むだけ。


「また、あの大きな人が来てくれると助かるよねえ。隆哉さんの身体ぐらい軽々と運んでくれそうだし。」


「ははは、、、そうだねえ、きっと脇に抱えて運んでくれそうだ。ハハハ・・・」


二人の笑い声が遊歩道に木霊すると、一斉に秋の虫たちが輪唱を始める。


ミクが歩む先には、まだ知る事のない希望の光が待っているが、今は知る由もなく、ただただ伯父の隆哉を慕うのみだった。



それから数日後、カラカラツと開いた玄関先には、ミクの記憶の中にいた人が立っていた。


挨拶をされたのに、思わず俯いてしまった自分を恥ずかしく思うミク。


- あのお兄さんだ・・・・・


心の中でそっと呟くと、部屋へと案内する声が高くなってしまった。


隆哉の元へと近寄るが、そっと振り返ると、大きな身体を折り曲げて、隆哉に話しかけている姿がなんとも懐かしくて。


この人は自分の事を覚えてくれているだろうか・・・。



ミクは隆哉の手を取ると、そっと彼の方を振り返った。


















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