itti(イッチ)の部屋

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短編小説『鬼灯・提灯・道案内』

 ― 腹違いの兄弟。―
 しかも歳は10も違う。そんな事を信じて生きてきた、この18年。

「卓也、来週東京の叔父さんの初盆、お前も行くんだろ?!」
 そう聞いてくるのは、10歳上の兄、慎一だった。
「もちろん行くよ。僕らの身寄りは、あそこしかないんだから。」
「なら、俺は出張で先に行ってるから、お前は後から来い。ホテルは叔母さんが用意しておくって言ってくれてる。」
「うん、分かった。夏休み前だけど、丁度週末に当たって良かったね。」
「ホントだな。会社もそんなに休まずに済むよ。」
 涼しい顔でそ言う兄さんは、度を超すくらいの社畜だ。

 親の死に目に会えないのは、舞台に出ている人くらいのものかと思っていた僕。でも、4年前に両親が自動車事故で亡くなった時、兄さんは遠くナイロビで仕事をしていて、帰っては来なかった。
 通夜も葬式も、東京の叔父さんがすべてを引き受けてくれたんだ。

 僕の両親は、二人とも家族との縁が薄いと言うのか、早くに親を亡くしていて。
 兄弟も叔父が一人いただけで、今回その叔父までもが亡くなるなんて、僕たち兄弟も同じように家族の縁が薄いのだろうかと思う。
「兄さんの出張は前日だったよね。なら、僕も同じホテルを取ってもらおうっと。」
 そう言って兄さんの隣に腰を降ろす。4人掛けの小さな座卓には、テレビのリモコンだけが置かれていて実にシンプル。もともと、ここにはあまり物がない。
 僕がもっと小さな頃は、それなりに玩具もあった様な気がする。でも、兄さんと遊んだ記憶も曖昧で、友達に誘われて外を出歩く事も無かったけれど、家の中に籠っていた訳でも無くて。
 どういう訳か、自分の事となると色々覚えていない事が多いんだ。その度に僕は兄さんに昔の事を聞く。なのに、そんな事はいちいち覚えていなくてもいいんだと言う。


 やっとの事で東京に着いて、指定されたホテルのフロントに向かうと、その横のカウンターの前で兄さんが待っていて、僕に部屋のキーを見せると、「すぐ行くだろ?!」と聞いてきた。
「うん、もう疲れちゃったよ。結構歩いたし、電車の乗り換えを迷いそうで、神経使っちゃった。早く横になりたい。」
「じゃあ、ご飯もルームサービスにしようか。」
「うん、いいね。ルームサービスっていうの一度やってみたかったんだ。」
 僕は、足が痛いのを忘れるくらい嬉しくなった。

 部屋に着いて、兄さんがフロントに電話を入れてくれる。暫くすると、メニューから選んだ料理が運ばれてきて、僕はワゴンの上の料理をじっと見つめた。
「こら、卓也、はしたないぞ。ちゃんとテーブルに置くまで待てって。」
 そう言われて、兄さんが置いてくれるのをじっと待った。まるで小さな子供の様に、胸がわくわくする。
 口にした料理は、とても美味しくて。多分どこかで食べた事があると思う。でも、やっぱり思い出せないんだ。

「兄さん、これ、何処かで食べたよね?!」
「.....そうかな?兄さんは覚えていないよ。卓也も初めてだと思うけど。」
「そうかな.....。」
「そうだよ。それとも、卓也だけ父さんたちと何処かでご馳走を食べたのかな?」
「そんな事はないよ。外食は嫌いな人たちだったし.....。」
 僕は少しだけ不安になる。
 でも、目の前でおいしそうに料理を頬張る兄さんを見ると、また気持ちが和んで、どうでも良くなってしまうんだ。今は、この美味しい料理を堪能しよう。


 翌日、兄さんと僕は叔母さんが待つ家へと向かう。
 ホテルで喪服に着替えるのは気が引けて、叔母さんの家に着いたら着替えさせてもらおうと、大きめのバッグを手に持って出かけた。
 叔母さんの家に着くと、門の前に迎え火というのが焚かれていて、「これは亡くなった人が家に戻って来る時、迷わないようにする為だよ。」と言われた。
 父さんたちの時も、確かあった様な........。

 叔母さんが兄さんと挨拶を交わしていて、僕の方をちっとも見てはくれないので、少しいじけてしまう。兄さんは、女性の目から見たら俳優さんの様にカッコイイ。それは僕も認める。だって、僕が弟でなきゃ、こんなカッコイイ人と話なんか出来やしない。それぐらいなんだけど、自覚はないみたいで。

「ねえ、兄さん。これは何?」
 叔母さんが、隣の家の人と話し出した隙に聞いてみた。
「え?」
 そこには、オレンジ色の紙風船のような実が付いた枝があって、僕は初めて目にしたものだった。
「これは鬼灯。多分提灯の代りなんじゃないかな?あの世から迷わないように、足元を照らしてくれるんだろう。」
「へえ、.............。」
 そう聞いて、なんとなく提灯に似ているかも、と思った。が、次の瞬間、僕が今まで思い出せなかった事が、走馬灯のように頭に浮かんできて。

 僕は思わず頭を抱えると、うわ言のように震える声で兄さんを呼んだ。
「あ、......ああ、なんか.........変だ、僕。兄さん!!」
 そう言うと、門の前で座り込んでしまった。
「だ、大丈夫か?!卓也。どうしたんだ?」
 兄さんが僕の腕を掴んだけど、どういう訳かそれは空を切るように心もとなくて。
 まるで煙を掴むかの様だった。

「兄さん。僕、思い出したよ。ここは僕の帰るところじゃない。」
「卓也?!」
「僕にも提灯を頂戴。でないと家に帰れないよ。」
「.........、帰れるよ。兄さんがちゃんと家に連れて帰る、そうしたらもう外には出なくていいんだ。」
「僕は4年前に死んだんじゃない?多分父さんたちと一緒に。」
 恐かったけれど聞いてみた。僕の脳裏によみがえった記憶の欠片を繋いでいくと、はっきりと思い出せたんだ。

 あの日、三人でドライブに行った帰り。後ろの座席で横になった僕を見た母さんが、眠っていると思ってつい口に出したんだ。
 『慎一を養子に向かえてから長い間、あの子を我が子のように思って育てたんだけど、無理だった様ね。大学院まで行ったのに海外へ留学だなんて。きっと私たちと暮らしたくないんだわ。』
 それを聞いた僕は、驚いて目を開けた。そしてすぐに両親へ本当の事なのかと問い詰めた。もちろん、それは紛れもない事実で。

 僕とは腹違いだと聞かされていて、お父さんは同じなのだと思っていたのに。
 結局、血も繋がらないあかの他人だったんだ。僕がどんな想いで兄さんを見てきたか。どんな気持ちで自分の気持ちに重い蓋をして来たか.........。
「ひどいよ!!黙っているなんて!僕にウソを教えるなんて!!」
 拳を握った僕の腕が、後部座席から運転席の父さんへと飛ぶ。それは、ほんの一瞬の出来事だった。

 ハンドルを握ったまま、僕の拳を頭に受けた父さん。
 ...................僕はとんでもない事をしてしまった。

 どうして僕はここに居るんだろう。
 僕の身体は無いはずなのに..........。

「卓也、見てごらん。」
 そう言うと、兄さんが自分の鞄の中からさっきのものとは別の鬼灯を取り出した。
「それは、」
「これは、卓也が迷わないように、兄さんがいつも肌身離さず持っていたんだ。どこに居ても必ず卓也が兄さんの所に来るように。」
 僕は、そっと手を伸ばす。

 鬼灯の提灯の灯りが、僕の足元を照らし出すと、その灯りに惹かれるように身体はふわりと軽くなり、僕は兄さんに手を引かれて歩いて行った。
 
 ふわりふわりと橙色の灯りが揺れる。こっちへおいでと僕を呼ぶ。
― 兄さん、もう僕の前から居なくならないでね ―

                  ― 完 ―

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