『虹の橋を渡ったら』 SS
───春になった。
そう思って気持ちが緩んだ僕に、突然のアクシデント。
高校から付き合ってきた二つ年上の彼、的場 健治さんが、急に転勤になるという。
「何処へ?」
僕は彼に詰め寄った。
地元の会社に就職して、支社はなく、転勤なんてないはずだったのに。
『ごめん、ヨシくん。』
僕の名前は大宮 芳樹。
初めて会った日に、『ヨシくん。』と呼ばれて以来、ずっとそう呼ばれているが、こんな時にそう呼ばれるのは、ちょっと気が抜ける。
「ごめんヨシくん、じゃなくてさぁ、説明して‼支社のない会社で何処へ転勤になるんだよ‼」
二人だけの部屋で、思わず声を荒げる僕。
『・・・』
固まったままの的場さんをじっと睨み付ける。
高校を卒業して三年。
僕は地元の大学に通っている。就活を初めてみて、社会人の大変さが分かって、的場さんにワガママ言わないようにしていたけど、コレばかりは話が違う。
「的場さんと離れたくなくて、僕は地元の大学を受けたんだ。ずっと一緒に居られるねって、喜んでたじゃないか。なのに・・・」
『そうなんだけど、・・・実は昨年の夏から埼玉に支店をつくる計画があって。』
「え?・・・・まさか」
寝耳に水。そんな話今頃聞かされたって・・
『俺の先輩が行くと思ってたんだけど、その人の奥さんに子供が産まれて・・・』
「行けなくなった、って訳?でも、決まってた事でしょ⁉子供が産まれたからって、なんで的場さんが‼」
『ヨシくん、・・・子供の側に居たいと思うのは仕方の無いことだよ。』
それを聞いて、僕は腹が立った。だって、僕は我慢しなきゃいけなくて、その子供は当然のように引き留める事が出来るなんて、不公平だよ。
「わかった。じゃあ・・・別れるしかないね、僕たち。」
『え?・・・・え?』
豆鉄砲を食らった鳩のように、目を丸くして驚く的場さんが、僕の顔を二度見する。
でも、僕は知らん顔。
明日会社の人にお願いするんだね。
僕は心の中でそう思って、的場さんの反応を待った。
.....なのに
『仕方がないな。ヨシくんがそうしたいなら、俺は受け止めるしかないよ。』
.....え?.....
受け止めるの?
暫く沈黙が続き、だんだん居たたまれなくなると、的場さんが立ち上がって窓の外を見た。
朝からの雨はすっかりあがっていたようで、雲の切れ間から日の光がさし込んでいるのが、僕の所からも見えた。
目映い光に透ける雲の切れ間が、とても幻想的で綺麗。一瞬、沈んだ心が和んだ気がして、僕も立ち上がって的場さんの隣に立つ。
──この景色を二人で見て来たのに。
実家暮らしの僕は、ここが第二の家のような気がしていて、合鍵をもらった時は本当に涙が出るほど嬉しかった。就職が決まって、お金が貯まったら、同じアパートに越して来ようと思っていたのに.....
「僕の存在なんて、そんなものだったんだね⁉すぐに無かった事に出来るような。」
恨めしそうに言ったが、的場さんが僕の方を見る事はなかった。
的場さんの視線をたどれば、北の方に大きな虹がかかっていて、いつもなら綺麗だと興奮してはしゃぐのに。
今日は、綺麗な虹もボヤけて見えた。